私は39歳11か月で妊娠発覚し、36W6D、ハルを帝王切開で生みました。
帝王切開になって知った、「帝王切開はお産じゃない」という意見、
帝王切開の人が感じるという疎外感や複雑な感情を知りました。
実際に帝王切開で生んだ私が思う、帝王切開はお産じゃないのかという話を書いてみたいと思います。
私のバースプラン
もともと、子供が欲しいという願望がなかった私なので、バースプランなるものも特にはなかったのですが、ただ一つ、
「下から生みたい」
という希望だけがあり、妊娠発覚当時から無痛分娩を希望し、取り扱い件数の多い産院にお世話になっていました。
ところが・・・
妊娠高血圧症候群
その名の通り、妊娠中に発症する高血圧のこと。
非妊娠時の高血圧とはまた別で、具体的には、
・妊娠20週以降産後12週までに発症
・収縮期血圧が140mmHg以上もしくは拡張期血圧が90mmHg以上
となると妊娠高血圧症候群とされます。
(これにタンパク尿が加わると妊娠高血圧腎症となります)
リスク因子は、
・糖尿病、高血圧、腎臓などの持病がある
・肥満
・母体の年齢が高い(40歳以上)
・家族に高血圧の人がいる
・多胎妊娠
・初産婦
・以前に妊娠高血圧症候群になったことがある
で、私の場合は、初産婦であることに加え何より年齢がリスクとなっていました。
妊娠前の私の血圧は上が100程度、下が75程度でした。
ところがもともと私は、病院に行くと血圧が高くなる白衣性高血圧で、初めての妊婦検診ですでに146/84・・・
お医者様には、
・自宅で血圧を測ること
・白衣性高血圧は妊娠後期に妊娠高血圧症候群に移行しやすいこと
を通告されました。
難しいのは妊娠高血圧症候群は明確な原因がわかっていないため、これをすればいいという予防策もないのです。
ただ、経過観察をするだけ。
そして、治療法は分娩のみ。
私は妊娠後期までは漢方薬局で高血圧対策の処方していただいていました。
それが本当に効いたのか、ただの気休めだったかはわからないのですが、その後、私の血圧は、病院では120前後、家では110前後で推移、ところが、妊娠後期に入って漢方をやめると(もう要らないだろうと言われたので…)33wの妊婦検診で突如病院で150以上を叩き出し、その後も病院では150前後、家でも130後半に…。
そしてついに、36W4D、家での血圧も150/90を超え、急遽病院へ行くと、そのまま入院することになったのです。
そして入院したその日には帝王切開の適応が決まり、手術日は2日後となりました。
世のブログなどを見ると150程度はまだ軽症で、普通分娩をしている人も多くいるし、私が予定していた無痛分娩は、麻酔に降圧効果があるので可能なのではないか、と訴えてみたのですが、、、
私の場合子宮口付近にもともとあった筋腫がここにきて胎児の頭大にまで成長してしまっていたのもあり、リスクは犯せないという判断で帝王切開、しかも縦切り…となったのでした。
帝王切開になった私へのやさしさ
帝王切開が決まったのち、私の病室には看護師長さんが足しげく通って下さり、
「あとでゆっくりお話ししましょうね。
帝王切開って、いろいろ思うこともあるし心の準備もできないと思うの。
でも帝王切開になるってちゃんと理由があるし、正しいことなのよ。」
などなど、とにかく優しい言葉をかけてくださいます。
そのやさしさに接して、さっきまでそれほどでもなかったはずなのに急に悲しくなってきた私。
病室で四十路がめそめそとべそをかきながらGoogle先生に帝王切開について教えを請うて知ってしまった、
「帝王切開はお産じゃないという世間の風潮」
「帝王切開で生んだお母さんたちがその後感じる疎外感や自然分娩できなかったことへの喪失感」
というネガティブなイメージ。
思いもしなかったけれど、知ってしまって気づいた
「そうか・・・だから師長さんやさしいんだ・・・。」
ということ。
気づいてしまったら余計に涙が止まらなくなり、その後手術直前まで私の心は揺れに揺れたのでした。
(揺れたところでもう手術は決まっているからどうにもならないのだけど…)
私の涙の理由と、手術前になんとか持ち直した理由
涙が止まらなくなった私。
いったいどうして涙が止まらないのかと考えて、私の場合それは、
「自分の決断ではないから。
そして手術以外の手がないのか自分の知識ではわかりようもないから」
ということでした。
自分の体、自分の赤ちゃん。
希望していた無痛分娩。
私なりにあった小さなバースプランのどれもが泡と消え、自分では何一つ判断も決断もできない医療によってすべてが進むこと、そのことに自分なりの意味付けができず、よって納得もできないことが悲しくて、私は泣き続けていました。
でも、泣くこと2日目、明日の朝には手術台の上、という夜。
夫とのメッセージのやり取りの中に、私は自分なりの意味を見出すことができました。
手術が怖い、いやだという私に、夫は手術を受けてほしい、それが正しい道だと断言し、
「子供が生まれても、これからもハハドンとはずっと遊んだり旅をしたい。
そのためにはハハドンに健康でいてもらいたいから、高血圧はここで治そう。」
というメッセージをくれたのでした。
(妊娠高血圧症候群のまま妊娠を継続すると本当の高血圧になる場合もある、と主治医の先生に言われていました)
はっとしました。
私だけじゃない。
私のお腹で育て、私が生むけれど、この子は夫にとっても待望の子で、そして私自身もまた、夫にとってはたった一人の妻なのだ。
私は自分のことばかり考えて泣いていたけれど、
今一番大事なことは、母子ともに健康に家に帰り、家族の生活を始めること。
それ以外に何もない。
そのための手段が手術なら、私はそれを選ぼう。
手術がようやく、自分にとって意味のあるものになり、自分自身でもその手段を選ぶだろうと思えて迎えた朝、いよいよ手術です。
ハル、誕生!
手術は、事前の麻酔、事後の処理が大変だったけれど、先生がメスを持ってから、ハルが出てくるまではアッというまでした。
私の首のところにカーテンがあるので向こう側は見えません。
痛くもなんともないけど、お腹を触られたり引っ張られたりしている感覚。
私の頭のほうにいる麻酔医の先生が、
「もうすぐ出ますよー」
と言った数秒後、聞こえてきた
「ほぎゃ」
という弱々しい声。
一瞬の沈黙ののち聞こえた力強い産声。
生まれた!
「生まれましたよー」
という看護師さんの声がして数分後、私の右側1.5mほど先に透明なベビーベッドを押す看護師さんが現れ、そのベッドの中に一瞬、生まれたばかりのハルを見ました。
あぁ、生まれたんだ。
じっくり近くで顔を見ることもなく、ハルはアッという間に連れられていったけれど、でもその一瞬、不思議なことに、
「そうだよね、お腹の中にいたのこの子だよね。」
と思ったことを覚えています。
初めて見たのに、ハルの顔を知っていたような、不思議な感覚でした。
帝王切開はお産か?
無事に手術が終わり、翌日には歩く練習をして、さらにその翌日からは母子同室となりました。
数日後には血圧もすっかり下がりました。
自分の胸の中で泣き、眠り、おっぱいをせがむ、小さな小さなふにゃふにゃの存在はとても不思議で、
本当に自分が生んだの?どこから来たの?本当に私の子?
と、なんだかピンときませんでした。
この実感のなさが、帝王切開≠お産?
と思ったのですが・・・
私がお世話になった産院は、食堂でみんなでごはんを食べるのですが、毎食いろいろな方と同席しました。
普通分娩の人、無痛分娩の人、帝王切開の人。
どの分娩方法の人の中にも、「自分が生んだ実感がない」という声があったので、
実感の有無とお産かどうかは関係ない
ようです。
みなさんと話して、一番際立っていたのは、普通分娩の人がとにかく陣痛のつらさを熱く語る人が多いこと。
それはある種、その人だけの武勇伝で、自分のそれがない私には、ただ相槌を打つしかできませんでした。
私と彼女たちの違いは、痛みに耐えた時間。
痛みに耐える=お産、というのが少なくとも多くの人の意見なのかもしれません。
そういう意味でば、確かに私は、自分でうんうん気張ったわけでもないから、
お産というより手術でした。
なるほど、私の出産は世間でいうお産ではないかもしれない。
それに私の出産は想像していたものではなかったし希望したものでもなかった。
それは残念と言えば残念だし、ちょっと喪失感もあるといえばある。
でもそれ、どうでもいい。
下から生んだ方がいいのかも?確かに。
その方が出産エピソードは濃くなるだろうし、分かち合える人も増えるかも?確かに。
だから下から生んでみたかった気もするけど、でも、
それって結局生んだサイドの話で、生まれるサイドからしたらどうでもいーんじゃねーか、
というのが私の結論です。
私は普通分娩で生まれたけど、もし母が私を帝王切開で生んでいたとしても何も変わらないし、帝王切開で生まれたからどうっていう友達とも会ったことない。
私に関して言えば、帝王切開がなければ血圧高くなりすぎて母子ともにどうかなってたかもしれない。
とにかく、子供の人生が始まることが唯一大切なことで、そのためなら手段を択ばず、下からだろうが腹からだろうが出し切れば、それでいいのだと思うのです。
陣痛武勇伝、確かにすごいけど、でもそれ大恋愛トークみたいなもの。
大恋愛で結婚する人もいれば、お見合いで結婚する人も、打算で結婚する人もいる。
でも大事なことは、結婚生活の中で良い夫婦になっていく、それだけのこと。
そして、
私が帝王切開でハルを産んだ、と考えるのではなく、
ハルが帝王切開で生まれてきた、と考えると、
帝王切開も愛しいハルの人生の大切な局面としか思えなくなります。
原因となった妊娠高血圧症候群を患った人は、年を取って実際に高血圧になることが多いそうです。
ハルは、私がこれから気を付けるべきことを教え、そのリスクを回避する方法を教え、何より、私たち3人家族の毎日が健康にスタートするように生まれてきたのだから、これ以上の出産方法はなかったし、何より今大事なことは過ぎたことよりも、今腕の中で笑うハルを守りぬくことだけなのです。
これから先も、陣痛武勇伝に囲まれて一人語ることのない日があるかもしれないし、いつかハルに、生まれた日のことを聞かれたときにちょっとだけ胸がしくしくするかもしれない。
でもそのすべてが私の出産エピソード。
そのままを語ればいい。
お母さんは数か月、ハルをお腹の中で育てて、ハルが生まれてくる日、お腹を切りました。
お腹に傷は残ったけど、ハルの人生が無事にスタートしたことが幸せで、毎日ハルと過ごせることが何よりもうれしい。
だからあの日、お腹を切ってよかったよ。
そう話そうと思います。
私にとって帝王切開は、お産かどうかなんてどうでもいい、
ただ、ハルと出会えた、大切な出来事。
人に語る必要もない、理解される必要もない。
私の胸の中の、私とハルだけの、大切な思い出です。
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